誰がために与えるのか

私たちは「与えること」で喜びを見出すことができる

そしてそれは「すべきこと」として考えてしまうと勿体ない

与えること=道徳的責任としてとらえるのではなく

喜びの源

と考える方がずっといい!!

寄付した人は寄付しなかった人より幸せを感じ

収入を倍にしたときと同じ幸福感が得られるらしい

けれど

やみくもに寄付すればいいわけではないことは多くの人が実感しているのではないか

寄付した先があまり見えないと、したこによる漢族感は得られるけれど

次につながる喜びは少ない

つまりはっきりとイメージできることが重要

はっきりとイメージできない価値ある慈善団体に寄付するだけでは十分ではない

寄付したの寛大さや寄付したことでどんな効果を生んだのか

目にでき、さらにはその先にコミュニティと接する機会があることが大事だ



私たちは、自分だけでは幸せになれない

それは生まれた瞬間から

だから

私たちはだれかに「与えること」で喜びがあることは知っている

でも、簡単に誰もが「与えること」をしたがらない

それは本当に与えられているのかがわからないから

与えることは「喜びの源」として

与えた先にいる人たちとつながっていこう

私たち、そして私たちの子供の世界が、喜びあふれる世界でいるために



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